令和8年1月22日(木)、清水庵原小学校で、4年生、5年生、6年生190名に、いのちの授業を行ってきました。
- 若尾

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更新日:4 日前

令和8年1月22日(木)、静岡県の東に位置する静岡市立清水庵原小学校で、4年生、5年生、6年生190名にいのちの授業を行ってきました。
清水庵原小学校は、いじめに対する学校方針を制定し、全校挙げていじめを防止する活動に力を注いでおられました。
今回の授業は、学校側の置かれている状況を受け止めながら、いじめを抑制するきっかけを作るための授業を行ってきました。
友達との触れ合いを目や耳、頭で感じ、考えるだけではなく、心の瞳で触れ合うことの重要性をお話させて頂きました。
二つの目で見て、頭で考えようとすると、友だちのしぐさや表情をうかがうことはできますが、それ以上の心の動きはなかなか出てきません。それは友達の心の中まで触れようとしていないからです。心の瞳を通して、しぐさ、表情だけでなく、心のうちにある友達の思いにしっかり気づくことの大切さと、そのことが虐め抑制の最も重要な視点となることを、子ども達自ら気付くことが出来る場を作らせて頂きました。
・心の瞳とはどういう目なのか、
・どう使えばよいのか、
・どうすれば、お互いに共有できるのか
この3点について子ども達と対話をしながら、子ども達自ら気付く場と致しました。
以下、子ども達が自ら考え、気づき、言葉として表した、子ども達からの手紙をご紹介いたします。各学年ごとに抜粋した手紙を掲載いたします。
*尚、手紙および授業時の写真掲載につきましては、学校側のご承諾を頂いていおります。
『お母さんやお父さんがたいせつにそだててくれた命をたいせつにして、自分の命もたいせつにしながら、自分いがいの人の命もたいせつにして、心もきずつけないように、みんなとせっしょくする。ともだちや自分にしてほしくないことは、だれにもしないし、ともだちや自分がしてほしいことはしてあげると、みんながいいきもちになる』
『友達や家族、クラスの人や先生に、わるいこと、いけないことはやらないけど、いいことややさしく、しんせつにすることはいっぱいやって、友達がかなしんでいたり、けんかしたときは「ごめんね」や「だいじょうぶ?」とこえをかけてあげる。自分はすぐにおこって相手をこまらせるから、相手をこまらせないようにしたり、けんかになったときには、相手にすぐに「ごめんね」という』
『 自分がされてうれしいことは、友達にもして、ぎゃくに自分がされていやなことは、友達にもやらない。見て見ぬふりは、悪をおうえんしていることになってしまうから、見て見ぬふりはしないで注意したい』
『いじめをしないからだいじょうぶだという事ではなく、いじめの標的が自分になるのをおそれて、何もしない人も、いじめをゆるしていることになるから、こわくても注意したり、それができなくても、先生にほうこくしたりすることをしたいと思った。いじめをしている人が、自かくがなくても、いやがっているんじゃないかなとか、気づかせることもできると思ったし、注意できるようになりたい』
『これから私が、もしいじめをうけて苦しんでいる子がいれば、ゆうきをだしてたすけてあげたいと思いました。しょうらいは、若尾さんのように、いのちの授業をせいとのみんなにおしえて、いじめをへらしたいです』
『いじめはよくないことで、いじめでいやになって学校にこないことや、自さつしちゃうこともあるから、これからはきをつけていきたいし、命をきずつけると家族もきずつけるから、これからいじめやわる口にきをつけていきたい。自分は、そのようなことをしない大人になりたい』
『いのちの授業を受けて、命の大切さを知った。特に心に残ったことは、びびっていじめを見て見ぬふりをすることは、そのいじめている人と同罪ということが心に残った。そして、そのいじめが原因で命を自らおとしてしまうことがあるから、いじめを見つけたらすぐにたすけたり、だれかに相談したりしたいと思う。私は、目は2つだと思っていた。しかし、話をきいて目は3っつあることがわかった。心の目で、私も相手の気持ちを考えたいと思う。かなしい顔をしていたら、すぐにあやまったりとかする』
『私は友達がかなしい顔や目をしていたら、すぐにあやまりたいし、かなしい顔や目にさせないように気をつけたいと思いました。私はふつうの目と心の目合わせて3っつあることは知らなかったのでびっくりしました。これからは、心の目もつかっていきたいと思いました。自分ではわかっていなかったけれど、もしかしたら、「友達をいやな気持ちにさせてしまったことがあったかもしれない!」と授業を受けているときに思ったので、これからは言葉づかいなどを考えて気をつけてすごしたいと思いました』
『自分が人にしてほしいことは人にすることが大切だから、私はこれから友達に自分がされてうれしいことは、人にしたいです。もし、これからいじめをしている子を見つけたら、声をかけて注意したいです』
『目や耳や口は目の前にあるものを見るだけではない。話している人の会話などを聞くだけではない。ふつうの会話をしたり、ぼうげんなどを吐いてしまうだけの口ではなく、それぞれの大切な役わりがあることに、すごく実感しました。これからの世の中に少しでも、じさつや事件などが起こらないために、自分だけでも少しずつ目の前の相手に話す時には気をつけて、少しでもそういうことが起こらない世の中を、自分のできる限りでつくっていきたいです。「いじめ」ということは本当にすごくよくないこと。ふつうの会話をしていても、相手が心の中でどう思っているかは、話している人の目には見えないし、人それぞれの思いがあるので、相手がいやな思いをしないように、また相手に言われていやだと思ったことは、しっかりと相手に伝えて、他の人が今度言われた時にいやな思いをさせないために、伝え合うことはすごく大切なことだと実感し、共感しました』
『目は周りを見るだけではなく、人の表情をうかがうことも大切。口は人をきずつけるためにあるのではなく、人を安心させたり、勇気づけるためにある。次に見て見ぬ振りはダメだと知った。いじめられた人を助けると、次は自分がいじめられてしまうかもしれない、などと思ってしまい、見て見ぬふりをしてしまうことで、だれの命がぎせいになってしまうから、「口」でしっかりとダメだと言わなければならない、命の大切さは人に聞いて自分のものにするわけではなく、自分で考えて、人から聞いて、命の大切さを深めなければならないことを知った』
『いじめをなくすためには、まず自分の意志を持ち、思いやりの心を持ち、友達に注意することも大切です。相手の表情を見て、すぐに、いじめをしてしまったなと思ったら、すぐにその相手にあやまることが大切です。先ずは、やらないことが大切ですが、もしやってしまったら、しんけんに、すぐに言葉で自分の気持ちを伝えてあやまることです。これからも命を大切にし、いじめのいない平和な世界(学校)にしていきたいです』
『いのちの授業を受けて分かったことは、命はとっても重ようだということです。なぜかというと、お母さんが大切に育ててくれて、しかも命は1個しかないからです。いじめについて分かったこと。あやまった行動、発言をしてしまったら、すぐにあやまる。友達と話していて表情がおかしかったら、それはだめだったんだと思い、もう二度とやらない。友達がいじめをしていたら、「だめだよ」と注意する。いじめられている子にはやさしく「だいじょうぶ?」と声をかけてあげる』
『僕は、特に「3っめの目」が驚きました。目は2つしかないと思っていたけれど、人のことを心配する、人を思いやるということは3っめの目がやっているということを知って、共感しました。僕も、3っめの目を使って困っている人を助けてあげたいです。そして、僕は、心とは「共に生きるための必須品」だと感じました。言葉だけではなく、心などで通じあえたりすることもあり、その場に適応して、危険から逃げることも、誰かを助けることもできる、だから共に生きていく時には、3っめの目を大切にして、過ごしていきたいです』
『「自分がされていやなことは人にしない」ということを聞くと、当たり前のことだと感じるけど、では、それを実際にできているかと言われると、できていないという人が沢山いる。私は、そこが問題となって、いじめや自殺がおきてしまっていると思います。だから、まず、自分の行動を見直して行かなければならないと考えました。今まで取ってきた行動の中で、相手がいやになっていないかと考えると、「これはよくなかったかも」と気付くことがあります。これからはこのようなことをしないように常に「自分がされていやなことはしない」という言葉を頭に入れておきたいし、絶対にやらないようにします』
『私も、たまに友達と話していて、もしかしたら相手の心を傷つけてしまう言葉を言ってしまっているかもしれないから、相手の表情をしっかりと見て、表情がくもってきてしまった時には、まず、「ごめん」という言葉を言いたい。自分の発する言葉・行動・眼つき・態度などで、自分が自かくなかったとしても、相手が傷ついてしまったら、いじめになってしまうから、これからは今よりも、自分のするすべての行動を気にかけていきたい。顔についている目で分からないことは、自分の心の目を使って生活をしていきたい」
『命は心でもあり、心は目で見れないものを見るものでもあるということが分かりました。ふだん、体にある目で見ているからこそ、目に見えない相手の気持ちは、心の目でしっかり見ようと思います。いじめがあったら、私は自分から「やめなよ!」って止めに行ける人になりたいです。自分がそういういじめの経験があるからこそ、痛みを知っているからこそ、救える命があると思うので、相談に乗ったりしてあげられたらいいなと思います』
『命はかけがえのないものということがわかりました。やっぱり命は大切で、もしもなくなってしまえば、もう、もどってこないので、改めて命についてしることができました。私はときどき悩みごとで疲れて、「もういやだ」と思うことがあるのですが、今日のお話を聞いて、少し心が楽になりました』
『正直に言うと、私はこれまで生きることが辛くて、「死ぬ勇気が湧かないだけなのかな」と思っていた時期がありました。でも、先生のお話を聞いて、「勇気が湧かない」のではなく、「本当は命の重みに気づいていなかったから勇気がわかなかったんだ」と気づきました。命の尊さに気づき、「生きていく価値」について、自分なりの答えを見つけられた気がします。口は人に喜びや幸せ、感動を与えるためのもの、目は人の心という目には見えないものを見るためのもの、この言葉をこれからも大切にしていきたいです。今までの自分を振り返って、まだおそくはないと思いました。これからは、先生の言葉を胸に一生懸命生きたいです。これからも、先生の言葉を忘れずに、自分や周りの人の命や心を大切にしていきます。この活動を通じて、少しでも多くの人の心が救われたらなと思います』
『人にはふつうの目と心の目があるということをきいているときに、「確かに!」と思いました。心の目があるということをあらためてしって、ふだんの発言を気をつけて、相手が傷つかないようにしていきたいです。今日のお話を通して、命は一つしかない、かけがえのないものと知れたし、今まで私が分かっていなかったことに気付かされました。これから傷つく人がいないようにというのも意識していきたいし、私も色々な人に命の大切さを気づかせる側になりたいと思いました』
如何でしょうか。
今回は40分という限られた時間の中での授業でした。その中でも、掲載した手紙以外の子ども達を含め、多くの子ども達が、心の瞳(目)についてそれぞれの気づきを持つことが出来ています。人の態度、しぐさ等を通して、人の良い所などを感じることが出来る二つの目。人が何を思っているのか、心の中に触れることができる心の瞳(目)。
人と触れ合う時は、心の瞳(目)を通して触れあいたいものです。
心の瞳(目)を通して、多くのことに気づいて頂いた生徒さん方に感謝申し上げたいと思います。



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