いのちの教室

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<子ども達から頂いたメッセージ・一例>

 

・今まで、沢山の講義を受けてきましたが、今回の授業のように、「一緒に授業を作っていく」という講義の内容は、初めてだったので、新鮮に思ったのと同時に、私たちは、この講義をただ、受け身で聴くのではなく、一緒に皆で考えて、「参加」をしていかなければならないのだなと思い、それほどまでに、命を学ぶという事は大切なことなのだと感じました。

・講師の方は最初、『命は教えるものではない、伝えるものでもない、理解させようとするものでもない』と話した。私は「命の大切さ」について講演して頂くのだと思っていたので、どういうことだろうと考えた。が、次の質問で分かった。「命は何故、大切にしなければならないのか?」と問いかけられた時、私は一つしかないものだからと思った。しかし、周りの同級生は「自分のものだから」、「神様にもらったものだから」と、違う言葉が次々と出てきた。命は大切ということは変わらないのに、・・・。もし、命は「一つしかないものだから大切」とだけ教えられていたら、どうだろう。私は納得いくが、中には疑問を持つ者もいるだろう。数学のように、答えは一つではないという事が命というものなのだと気づいた。

平成30年4月1以降の子ども達からの手紙につきましては、「いのちの教室への思い」でご覧ください。

  (いのち)授業

三つの学び

  ”命は、知識として教えるものではない”

       (知識から、知恵に)

  ”命は、言葉のみで伝えるものではない”

    (言葉のみから、心の触れ合いに)

  ”命は、頭で理解させるものではない”

    (理解から、自らの気付きに)

 

 

三つの学びは、延べ約700校の教育機関で、命の授業を行い、4万通を超える子ども達からの手紙(”命の声”)から、私自身が気づかせて頂いた、心の宝物です。

て、私も命の授業を実践する時点で、私自身の命の思い、価値観を言葉で伝え、一方向的な伝え方で、命の大切さを理解させようとしておりました。その時気付いたのは、子ども達は聞いていてくれてはいるものの、こちらの届けようとする思いを、自身の心の中に入れようとしていなかったという事です。

このことは子ども達からの手紙で読み取ることが出来ました。皆、異口同音に、「改めて命の大切さが分かった」という表現に終始した思いを書き記してきたのです。

その時、子ども達の心の中の真の思いを知りたいと、強く思いました。

私は、命に対して子ども達がどのような思いを持っているかを知ろうとして、「命ってなんだと思いますか?」、「命は、何故大切なのですか?」と問いかけてみました。子ども達から帰ってきた命への思いは、大人も気づけないほどの深い思いを伝えて来たのです。更に、それぞれが皆、違う思いだったのです。大切なことではあるけど、こちらの体験を通した思いや価値観を、命の思いを一律的に伝えようとしていた授業の実践を、変えなければならないことに気づかせて頂いた瞬間でした。

子ども達に対する新たな思いは、

 ・子ども達は、命に関しての深い思いを心に内在している存在である。

 ・子ども達は、それぞれの命への思いを受け止めて欲しいと切望している。

 ・子ども達は、皆違う思いを有している。

という事です。

そして、私は次の事を心に刻みました。

 ・子ども達それぞれが有している、「命」への思いを受け止めること。

 

 ・子ども達が、「命」について自ら気づく場が必要である。

 ・子ども達、自らが発信する場が必要である。

の三つの思いを有しながら、子ども達と触れ合って行くというものでした。

具体的にとった様式は、

 ・子ども達との対話を中心とする授業。

 ・子ども達が他の意見も聞きながら、自ら考える場を提供する授業。

 ・子ども達が発言し、心の中から、命の思いを引き出していく授業。

というものです。

その後、子ども達からの手紙の内容は、大きく変容し、様々な思いが綴られて来るようになり、中には、

「命を絶ちたいと思っていた。この授業を受けて、命への大切な思いを既に持っていた自分自身だという事に気づき、命への思いを強くしたので、頑張って生きていきます。」

という、それぞれの状況で死と向き合った手紙及び、直接言葉で伝えて来た思いを加えると、全国の学校から、既に400人近く頂いております。今でもこのような手紙、直接伝えてくる思いが増え続けています。

又、

『生きていて嫌だと思ったこと、辛いと思ったことは、数えきれないほどあります。だけど、それを乗り越えられたのは、自分が「今生きている」から、そして周りに支えてくれる人が一だけでもいたからだと、「いのちの授業」を受けた今、思える様になりました。与えられた命に感謝の思いを持つことが出来ました。〕

という手紙を数多く、頂いております。

子ども達から頂いた、大切な”命の心”を、これからもしっかり持ちながら

​子ども達と触れ合って参ります。

NPO(特定非営利活動)法人いのちの教室

理事長 若尾久

 本活動は、持続可能な社会の実現を目指し、社会的責任活動の一環として、進めて来ております。

又、本活動は、環境に関する事項についても、教育テーマとして取り入れております。

 子ども達からは、命の授業を実践していく中で、多くのことを学ばせて頂きました。この命の授業は、こちらの思いや価値観を伝え理解させようとするものではなく、考え、発言し、自ら気づくことで、子ども達の心の中に眠っている、”命への思い”を引き出す授業であります。

 この命の授業は、子ども達からの学びから創出されたものです。右記の「命(いのち)の授業」でお示しした様に、一方向的な語りではなく、子ども達が授業に都度、参画しながら、子ども達と一緒に作っていく授業であります。子ども達に言って聞かせたり、与えたりするのではなく、子ども達の心の中から引き出す授業とすることで、子ども達が自ら気付き、行動に移していこうとする意識の醸成を実現しようとするものです。

<2017.1~2018.2までの活動>

<2017.1~2018.2までの活動>

白鳥学園那珂市立瓜連中学校 2017.1.31

生駒市立大瀬中学校     2017.2.7

・阿見町立君原小学校     2017.2.25

・横浜市立新井中学校     2017.3.1

・鎌倉市立深沢中学校     2017.3.13

・山梨県立北杜高校      2017.3.21

・山梨県美容専門学校     2017.5.6

・つくば市立高山中学校    2017.6.24

・横浜市立永田台小学校    2017.7.3

・生駒市立大瀬中学校     2017.7.7

・横浜市立永田台小学校    2017.7.11

・横浜市立永田台小学校    2017.8.17

・八王子市立第四中学校    2017.9.16

・山梨県立身延高校       2017.9.27

・山梨県立身延高校       2017.10.11

・大阪市立南港光小学校     2017.10.13

・高知大学教育学部付属小学校  2017.10.16

・小樽市立望洋台中学校     2017.10.19

・昭和町立押原中学校      2017.10.25

・八王子市立川口中学校     2017.12.9

・つくば市立筑波小学校     2017.12.13

・板橋区立板橋第五中学校    2017.12.16

・山梨県立甲府昭和高校     2018.1.9

・昭和町立西条小学校      2018.1.17

・杉並区立桃井第二小学校    2018.2.24

 

<いのちの授業・講演・プレゼン 2018.4~2019.3までの活動>

・山梨県 鳴沢村立鳴沢小学校             2018.7.19   

・長野県 松本市立筑摩野中学校       2018.7.31

・東京都 中野区立江古田小学校(一回目)  2018.9.25

・東京都 中野区立江古田小学校(二回目)  2018.9.25

・東京都 江東区立亀戸中学校PTA         2018.9.29

・東京都 港区立芝浦小学校(一回目)    2018.10.15

・東京都 港区立芝浦小学校(二回目)    2018.10.15

・愛知県 熱田区女性協議会研究協議大会           2018.10.23     ・山梨県 西桂町立西桂中学校PTA、教員      2018.10.31 

・山梨県 公立大学法人都留文科大学          2018.10.31

・愛知県 春日井市立高蔵寺中学校                      2018.11. 9

授業を受けた生徒さん方(小学校~大学)からの手紙をご紹介させて頂きます。

(掲載につきましては、学校側及び実施機関の了解を頂いております)

・僕たちが今、幸せに生きられることが、どれだけすごいことかが分かりました。毎年色々な事で、すごい数の人が亡くなっています。それを

 少しでもなくならないように、僕が出来ることで、助けられたらうれしいです。 

・生きる時を感じて生きる。それがあれば、生きることを幸せと思える。生きるって、幸せだと思った。命は人の喜びと悲しみでできていると

 思った。

・普段当たり前だと思っていたり、考えないことの中にも幸せがあって、それをスルーしないで、そのことに付いて真剣に考えてみようと思い

 ました。

・私も身近なとこらから、命の尊さを知らせていけるようになりたいです。自分が生かされていることを胸に、”本気で生きていこう”と思いま

 した。

・先生が後援会の一番最初に言っていた、「耳ではなくて、心で聴いて欲しい」と言う言葉が印象に残りました。何時もの講演会は話を聞い 

 て、メモを取る形式でしたが、今回はメモを取らない分、他の講演会よりも集中して聞くことが出来ました。その時、先生の「耳でなく、 

 心で聴いて欲しい」と言う言葉の意味が分かりました。

・とても自分の命について見返すいい機会となりました。今まで、なぜ自分は生きているのかと思ったことが何回もあります。今回の講演を通

 して、初めて気づかされた多くのことにふれ、本当に自分は生きていて、生まれてきてよかったと思いました。

・お話を聞いて、私たちは常日頃から、五感或いは体全体を通じて、命と対話していると強く感じた。一人でも多くの人が命の授業に参加して

 欲しいと心から感じた。教師として教壇に立つ前にいのちの授業に参加でき、本当に良かったと思った。今後の自らの人生に活かせるよう努

 力して行きたい。

・お話を拝聴する中で、子ども達の「命」に対する解釈や理解がとても深いものであることを学んだ。子どもが主体となって命をとらえるため

 に、一人の語り部として、本気で伝える姿勢がとても参考になった。

   <「いのちの授業」実践>

  1. 山梨県中央市にて(写真掲載なし)

    令和元年8月3日、山梨県中央市玉穂生涯学習館にて開催された第14回中央市教育振興大会で、「いのちの授業」(子ども達からの

    学び)と題して、講演を行って参りました。200人を超える方々が参加されました。

    中央市は『まごころ』教育と称して、家庭、学校、地域の絆を育む活動を展開されております。

    子供たちを認め、励まし、心を育てるコミュニケーションを大切にし、保護者と教師の話し合いの実践、そして、地域活動への参加

    を通して、「向き合う命、語り会う未来」というスローガンを実践されております。命と向き合う視点、そして、子供たちを認める

    教育視点は、当法人の活動とも共有する視点であり、中央市の教育の在り方に大変、共感を持てた講演でした。

    この様に素晴らしい中央市の教育活動。中央市での「まごころ」教育に「いのちの授業」でご協力できることを願っております。

<「いのちの授業」子ども達からの学び>シリーズ

令和2年7月17日

  *本日より、「いのちの授業」を実践する中で、私が気づかせて頂いた心の思いについて、シリーズで綴らせて頂こうと思います

   

   企業に在籍し、社会貢献の一環として立ち上げた「いのちの授業」は、早14年を経過しようとしております。4年ほど前に企業を退職 

  し、本活動を継続するためNPO法人を立ち上げ、現在に至っております。この間、「命のメッセンジャー」として全国の教育機関に出向

  き、数多くの体験と気づきを頂いて参りました。全国、延べ約700校に出向き、お会いした6千人を超える先生方、そして、授業に参加頂

  いた約8万人の子ども達。貴重な出会いを頂いた中で、私自身が人として成長させて頂くことが出来た数多くの体験、気づきがございま

  す。これらの体験、気づきを、私の心の中にとどめて置くだけでなく、多くの方々に触れて頂きたい。そんな思いで、シリーズで綴らせ

  て頂くことに致しました。上述致しました様に、『命は、人生を豊かなものにする知恵として触れて頂き、言葉の枠を超えた心で触れて

  頂き、そして、自ら気づいて頂く』授業として来たことから体験出来た内容であり、稀有な体験、気づきとして触れて頂ければ幸いです。

 <NO1>  「忘れられない出来事」

   

   「先生、質問があります。人間はどうせ死ぬんでしょう。どうして死ぬ人間が、生きる意味、生きる価値があるのですか?」

  関東地域の小学校で、授業を始めようとした瞬間、一人の生徒が、こう質問をしてきたのです。授業を始めようとしていた私は、一体、何

  が起こったのか、戸惑いを隠せませんでした。間髪を入れず、もう一人の生徒が「僕も同じように思う」と発言してきたのです。二人は 

  なんと小学4年生の生徒なのです。小学4年生の児童が、生きる意味、生きる価値についてその意味を必死に知ろうとしているのです。それ

  も、生と死の狭間と向き合っているのです。その思いに打たれ、私は大きなショックを受けながらも、二人の生徒の思いに可能な限り応え

  ようと、授業の内容を一部変更し授業を行ったのです。質問した二人の生徒は、私の話を聞き逃さまいと真剣な顔つきで私の話を聞こうと

  している。気が付けば、他の生徒も聞き耳を立て聞こうとしている。緊張感溢れる時間が流れました。

 

   この地域は、先生方が、他校に出向き授業を聴講し合う活動を行っており、その中での授業でした。後ろで立って聞いておられる先生方

  も、何が起こったのかという表情をされていたのを今でも思い出します。他校の先生方が数多く聞いておられる中での出来事であり、私に

  とっても非常に緊張した時間帯となりました。授業の後、先生方への講演もさせて頂きました。無事終わったと思いつつ、帰宅しようとし

  た時、驚きの光景に出会う事となりました。質問された生徒さんが、私が学校の外に出るまで何回も何回も、「ありがとうございました」

  と言い続け、追いかけて来たのです。その場に触れた時、私は思いました。『”生きる意味、生きる価値、生きる力”にその生徒さんなり

  に、命の思いを通して触れることが出来た喜びを表してきたのかも知れない』と。この時の出来事は今でも私の目に焼き付いて離れないの

  です。

   私は、この出来事を通して大きな気づきを頂きました。小学生ではありますが、既に命の意味或いは生きる意味について、心の中で真剣

  に考えようとしている。そしてその意味を知ろうとしている。『子どもだから命については知らないだろう、多くの体験もないから、命に

  ついては何も考えていないだろう。気づいていないだろう。』多くの大人が、この様な受け止め方をしているのではないでしょうか。

  しかし、子ども達は低学年であっても、既に命への思いを持ち始めているのです。そして、それらの意味を知ろうとしているのです。

  命に対する探究心は、年齢に関係なく心の中に持ち続けているものであり、そこから気づいた思いは、自ら気づいたという事として、心の

  中に将来に渡って住み続け、その人の人生を豊かなものにして行くのだろうと思うのです。

 

   子ども達の幸せを考えた時、子ども達に対する私達大人の言動の持つ意味、重要さ、そして、その責任の重さを心から感じるのです。 

  状況は違いますが、このような思いを持つ体験は全国の他の地域でも、何回か触れさせて頂いております。

 

   私たち大人は、教育に関係する方々を含め、子ども達が命に関しては大人同様の、或いはそれ以上の関心、感性を有している存在だとい

  う事に気づき、子ども達に対する既成概念を捨てて行くことが求められているように思います。誤解を恐れずに申し上げますと、寧ろ、子

  ども達から学ぶという姿勢が求められているように思うのです。今まで持っていた認識や視点を見直すことに、躊躇することのない心の在

  り方が、画一性を要求される今の社会環境の中で強く求められているように思うのです。

  

  この日の出来事は、生涯で忘れられない思い出の一つとなりました。  

​ 次号に続く

令和2年7月22日

 

 <NO2> 子ども社会は大人社会の写し鏡

   現在、教育現場含め、様々な場でいじめが増加する中で児童が不登校となり、自ら命を絶ち続ける状況が続いております。

  文部科学省が令和元年10月17日に発表した、「平成30年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸問題に関する調査

  結果について」では、小・中・高及び特別支援学校に於けるいじめ件数は543,933件で、昨年度より129,555件増え、又、児童生

  徒1,000人当たりの認知件数は約41件、昨年度の約31件と比較し増加傾向を示し、332人の児童が自ら命を絶っていることが発表

  されております。これは、児童の命が毎日一人、失われていることを示しております。多くの児童が様々な状況下で苦しみ、悩

  み、そして命と向き合っている状況が見えて来るのです。

   教育現場は勿論、大人社会は子ども達の様々な苦しみ、悩み、辛さを真摯に受け止め、高い意識を持って、その思いに応える

  存在であることを願わざるを得ません。今の社会に目を向けてみますと、多くの課題が見えて来るように思います。自然環境破

  壊、紛争、殺戮行為、自殺、貧困、差別、等々、生命の軽視に繋がる社会的事象に、日々の生活の中で触れない日がないように

  思います。この様な中で、私たち大人が心して置きたいことは、これらの課題は、大人社会の中に留まるだけでなく、子ども

  達の心の中に多大な影響を及ぼしているという事です。言い換えますと、”子ども社会は大人社会の写し鏡”だということです。

   元々純粋無垢な子ども達が大人社会の影響を受け、心病む日々を送り始めるのです。子ども達は、誰もが幸せで充実した人生

  を送りたい、生きていること、そのこと自体を幸せと思いたい、そして、それが実現する社会であって欲しいと、心から願い、

  或いは必死になって実現するための行動を起こすことを、社会の様々な場面で感じるのです。しかし、社会の壁は厚く、時に 

  は子ども達の心からの願いを、跳ね返してしまう状況が起きて来ます。心からの願い、或いは必死の行動にも拘らず、状況がよ

  り良い方向に変化せず、そのことを心ならずも受け止めざるを得ない立場に置かれた子ども達は、自身の思いに反して、自己逃

  避の意識を宿し、もがきながらも自身が置かれた状況に、自らを合わせざるを得ない思いを形成していくのだと感じます。

   子ども達の非を責める前に、本来純粋無垢な子ども達の心を歪めてしまう、多くの課題を抱えた大人社会の在り方を、私たち

  大人は心から反省しなければならないと思うのです。誤解を恐れずに表現させて頂けば、私は次のような捉え方をさせて頂いて

  おります。非社会的な行為を行う子ども達が、現在いることは否定できません。しかし、これらの子ども達も本来純粋無垢な存

  在なのです。これらの子ども達は社会の中で、本来の自分を忘れてしまう状況に置かれることがあることで、自意識を自身の心

  の中に閉じ込めてしまい、時には、非行に走る状況が発生するのだと、私は受け止めております。

  

   この事に気付けば、子ども達とどのように触れ合うことが求められているか、自然と心の中に浮かんで来る様に思います。前

  号、「忘れられない出来事」でお示しした様に、子ども達を幼い存在だと捉えるのではなく、子ども達は既に命を含め、多くの

  事に大人が想像する以上の思いを持っております。それだからこそ、子ども達が本来持っている純粋無垢な思いを、心の中から

  引き出して上げること、自ら気付かせてあげる場を大人が提供する事。まず、この環境づくりが優先されなければならないと、

  私は強く思うのです。 本来純粋無垢な子ども達の幸せの為に。

  

   以上のことに付きましては、全国4万人の子ども達からの手紙、そして授業の中での子ども達からの直接的な投げ掛けを通し

  て、私が気づかせて頂いた心の宝物であります。

  次号に続く

 

 

令和2年9月20日​

 <NO3> 辛さが笑顔に

   九州地方で授業を行った時の事です。伺った学校は何回か授業をさせて頂いていた小学校です。元気な子ども達の笑顔に、毎回触れな

  がら話をさせて頂いておりました。何回かお伺いした中で、授業に一筋の光を届けて頂いた出来事がありました。その日は、4年生の授業

  でした。会場に入った瞬間、子ども達の礼儀正しさと穏やかな表情に触れ、今日も頑張ろうと授業を進めて行きました。子ども達と、何時

  ものように対話を織り交ぜながら、子ども達の心の中から命への大事な思いを引き出して行く形で進めて行きました。授業が終わり、片づ

  けをしていた時です。一人の女性徒が私の方にやってきました。表情を見ると、優しい笑顔を浮かべていました。授業への御礼の思いを伝

  えに来たのかなと、私は一瞬思いました。どんなことを言ってくれるのか、そんな思いで生徒の方を向いて待っていました。

   私のところまで来て、その生徒さんが、「今日は、いのちの授業、有難うございました」と、話しかけてきました。私が、”ああ、お礼

  の言葉なのだな”、と受け止め、「こちらこそ、しっかり聞いて頂いて有難う」と返事をしたそのすぐ後、生徒さんからこんな言葉が出て

  来たのです。満面の笑みを浮かべながら、こう言ってきたのです。「先生、私は重い心臓の病気を持っています。何時も、どうして自分が

  こんな病気を持ってしまったのか、という思いでいました。辛い思いをしていました。だけど、今日の授業を受けて、辛い中でも、一筋の

  光を見つけることが出来、それを生きる力にして行く命の力を、私も持っていることが分かりました。これから私は、頑張って生きていき

  ます。ありがとうございました」と。私は、その生徒さんに心からお礼を言いたいと思った瞬間でもありました。

   ”生きる意味、生きる価値、生きる力”を根底に置き、命への多様な視点に気づいて貰い、教え伝えるのではなく、心の中から引き出す授

  業として来た事に間違いはなかったと、その時、確信を持たせて頂いたのです。

   遠方の学校で頂いた一筋の光でありますが、私にとっては、私自身の人生に、又、「いのちの授業」の根底に限りなく大きな可能性、希

  望、そして勇気を頂いた光でした。この出来事は、これからの「いのちの授業」の根幹に深く根付いて行くことは間違い相りません。心の

  中に内在している命への大事な思いに、そして、自分自身の素晴らしさに、子ども達が気づいていく場を提供出来ることに思いを寄せなが

  ら、「いのちの授業」を、これからも力強く継続して参り度いと思います。

  次号に続く

令和2年12月24日

 <NO4> 驚きの瞬間

  関東地域の小学校での出来事です。

   当日は6年生の授業でした。校長室に向かい、ご挨拶をさせて頂きました。この時、校長先生から、「若尾さん、6年生は若干問題があ

  る学年なんです。少しばかり覚悟をしておいてください」とお話を頂きました。私はこの時、校長先生が何をおっしゃっているのか全く理

  解できませんでした。ご挨拶を済ませ会場に向かうと、ほとんどの子ども達がおしゃべりをしている様子が見えてきました。授業が始まれ

  ば静かになるだろうと思いながら、自己紹介をし、授業を始めました。

 

   何と、おしゃべりは止むどころか、益々ひどくなっていきました。私は意を決して、子ども達の心の中から命への思いを引き出す授業

  を、いつもより力を込めて進めていきました。30分ほどたった時、次第におしゃべりが少なくなっていきました。私はすかさず、子ども

  達の中に入りマイクを向け、対話をより多く行っていきました。一番おしゃべりをしていた生徒にマイクを向けた時です。私の手からマイ

  クを取り、歌を歌い出したのです。私は、さすがに心の動揺を隠せませんでした。そんなこともありながらも、30分を過ぎたころから全

  体のおしゃべりはなくなっていました。子ども達との対話の形が、受け止められたことを感じた瞬間でもありました。

   授業を終わり、先生方とご挨拶をしていた時です。一人の生徒が、こちらに向かって来たのです。先生方と、その生徒に目を向けた時で

  す。突然、「先生、ありがとうございました」と、挨拶をしてきたのです。よく見ると、その生徒は、授業中マイクを握り、歌を歌い出し

  た生徒だったのです。先生方も、一瞬何が起こったのかという表情で、その生徒を見ていたことを思い出します。私たちは、驚きの瞬間を

  体験したのです。

   私はこの体験から大きな気づきを頂きました。どのような振る舞いをする子ども達でも、既に心の中に命への強い関心を持っているこ

  と、そればかりでなく、その思いに触れて欲しいと思っていること、そして、命の意味に自分なりに近づこうとしていることを。更に、子

  ども達の思いに寄り添える形は、語り手としての思いや価値観を主体とした授業ではなく、子ども達の命への思いの多様性と深淵性を受け

  止め、心の中から命への思いを引き出す授業であること、そして、このことを具現化する授業は、子ども達が自ら考え、自ら気づき、そし

  て、自ら発言する場を提供する授業であること、又、対話形式での授業であることを、改めて確信したのです。

   驚きの体験と、大切な気づきを頂いた生徒に、心から感謝しています。

  次号に続く

最新ニュース

2018.2以降を掲載

詳細は、活動報告をご覧ください。

(記事掲載については、学校側及び実施機関のご了解を頂いております)

・岐阜県 中津川市PTA連合会             2018.11.10

・静岡県 静岡県立清水南高等学校・同中等部   2018.11.13

・山梨県 笛吹市(校長会)           2018.12.3

・ユネスコスクール全国大会(横浜市)           2018.12.8

 ・山梨県 中央市(校長会)                    2019.1.7

・東京都 八王子市立上川口小学校(一回目)   2019.1.26

・東京都 八王子市立上川口小学校(二回目)   2019.1.26

・山梨県 甲府市(校長会)           2019.2.4

・山梨県 笛吹市(校長会)                   2019.2.7

・静岡県 静岡市立玉川中学校          2019.2.12

・山梨県法務局                                           2019.3.13

 (人権擁護委員連合会 男女参画委員会)     

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